2024年4月30日~5月2日の朝日新聞経済面で、「ラピダス秘録」と題して、北海道に工場を新たに建設し、次世代半導体製品の国内での量産化を目指すラピダスの特集が掲載された。
世界の半導体の潮流は、台湾のTSMCや韓国のサムスン電子は幅3ナノメートルの半導体製品の量産を始めている。一方、日本メーカは40ナノの製品しかつくれない。ラピダスは提携する米国IBMから2ナノの技術を取り入れ2025年から試作を始める方針である。
この特集の要旨をまとめると次のようになる。
- IBMはメインフレームからパソコンの時代になっても、半導体の自社開発は継続していた。製造の方はサムソンやTSMCに製造委託していたが、サムソンの対中国生産比率の高まりや、台湾有事のリスクがあるTSMCには製造を委ねにくい状況になってきた。
- そこでIBMは日本に製造を委託することを考えた。技術的問題というより地政学的問題であった。
- 日本でやるにしても、かつての半導体大手は皆尻込みして引き受けない。それならば新たに会社を作ってベンチャーでやろうということになった。資本金はトヨタ自動車、NECなど大手企業8社と政府資金が1兆円近く投入され異例の半導体企業が誕生した。
なぜ IBMは日本に2ナノの技術を供与したのか?
米IBM シニアバイスプレジデント IBM Researchディレクターのダリオ・ギル氏は、「5nm以下のプロセスにおいては、米国も、日本も生産能力はゼロであり、高度な半導体の製造能力を有していないことは大きな課題である。このプロジェクトにより、地政学的リスクのバランスが取れ、半導体のサプライチェーンが耐性のあるものになる。」とコメントしている。
R&Dでは数兆円の投資が必要であり、パイロットラインでも数兆円の投資が必要だとしている。
現在の半導体製造は台湾、韓国に依存しており中国の軍事的脅威という地政学的リスクを抱えている。
米国は半導体製造の前工程である設計はトップシェアを握っているが、後工程である製造は弱い。地政学リスクを低減させるには、製造を強化することである。だからTSMCの工場をアリゾナに誘致した。しかしIBMの最先端2ナノ技術は、この製造ラインを確保する話とは別の話である。
なぜ米国は自分たちで最先端チップの開発、製造を手掛けないのか?誰もがこう疑問を持つはずだ。
私は米国の半導体戦略の全体像を次のように推測する。
5ナノの設計から製造までのラインはTSMCの誘致で完結できた。次は次世代半導体の覇権を米国が握るにはどうしたらよいかである。
IBMの先端半導体開発成果を日本に技術供与することによって、日本で製造技術の確立を図る。これには日本政府が約1兆円の出資を決めている。つまり米国は成功可能性が不確かな2ナノの製造技術開発を日本にやらせて、失敗しても日本の金だし、成功すればその製造技術を米国にフィードバックさせる。そうすれば米国は開発失敗のリスクなしで最先端半導体の製造ラインを手に入れられ、将来に渡っても地政学的リスクを解消できる。
そして技術が確実に米国に還元される保証があるのが日本なのである。他国では完成させた2ナノ製造技術を米国にフィードバックされない心配があるが、日米安保協定により強固な同盟関係にある日本ならば、米国の言うなりになるだろう。それが米国の次期半導体戦略である。その保証であるが、特許ノウハウライセンス契約を締結する際、日本が開発に成功した場合の成果物をIBMが使用できる条件をつけてあり、それをラピダスがのんだということだろう。
ラピダスに巨額投資を決めた日本政府の思惑はなんだろうか?米国の戦略に沿って開発リスクを自ら背負うことを決断した裏には、日本なりの戦略があると思う。
それは超大国米国のコバンザメとなる戦略だ。最先端半導体の製造で世界の覇権を握るのではなく、米国が取りこぼすような、小規模市場を丹念に拾って稼ぐというものだ。
ラピダスの東哲郎会長が2023年5月の朝日新聞インタビューで次のように、その戦略を語っている。「ラピダスが狙うのは発注する量が少なく、TSMCには頼めない顧客。例えば、新たなサービスの開発に最先端の半導体を求めるようなケースだ。」この東氏の言葉もコバンザメ戦略を裏付けている。
コバンザメでも何もしないよりは、ずっと良い。そうしないと日本に今後半導体製造の機会は巡ってこないし、自国で半導体を作れないようでは、すべての製品に半導体が組み込まれている現代では、やがて基幹産業である自動車やIT産業の凋落が始まる。という危機意識を日本の経産省幹部や商工族国会議員が強く持っているのではないだろうか。
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