台湾総統訪米と半導体

 2023年4月6日台湾の蔡英文総統が、米西部カリフォルニア州で米連邦議会のマッカーシー下院議長と会談した。共和党のマッカーシー氏は、民主党も含む超党派で台湾を支援する方針を伝えた。中国外務省は報道官談話で「断固たる措置をとる」と今回の会談を非難した。台湾国防省によると、中国海軍の空母「山東」が台湾東側の海域で訓練を初実施した。(日経新聞電子版4月6日)

 アメリカ合衆国の大統領承継順位第2位の下院議長と、台湾総統が会談することに中国が過敏に反応する背景には、米中間の半導体を巡る主導権争いがある。今や半導体は単なる電子部品を越えて、さらにはかつて「産業の米」と呼ばれた存在も越えて将来の国の安全保障を左右する戦略物資となっている。この訪米に先立つこと4か月前、2022年12月6日、米国アリゾナ州のTSMC(台湾積体電路製造)において、式典が開催されバイデン大統領も出席した。この式典はTSMCが現在アリゾナに建設中の工場とは別に、最先端の半導体を製造する2つ目の工場の建設計画を発表したものである。この2つ目の工場は3ナノメートルの回路幅の半導体を製造するもので、世界最高水準の半導体を製造する工場となる。TSMCの投資額は5兆4600億円だが、この工場誘致に米政府は多大な補助金を提供する用意がある。(一説には520億ドルとも)それは米国にとっての失われた30年を取り戻す乾坤一擲の政策の成否が懸かっているからである。

 そもそも半導体の発明はアメリカでなされた。ショックレー、バーディーン、ブラッドレーの3名によって1948年にトランジスタが発明されノーベル賞を受賞した。次に半導体チップの表面に微細かつ複雑な電子回路を形成し、トランジスタ・コンデンサ・抵抗器として動作する構造を形成した集積回路が、米テキサスインスツルメンツ社のジャック・キルビー、フェアチャイルドセミコンダクター社のロバート・ノイスによって発明された。1959年のことである。1960年代後半からコンピュータの主記憶装置に半導体メモリが採用されるようになり、1971年にインテルは1KbitのDRAM(Dynamic Random Access Memory)を発明した。ここからDRAMの歴史は始まった。1980年代日本の大手家電メーカー(日立、東芝、NEC、富士通、三菱)はこぞってDRAMに注力し、1980年代半ばには世界の80%を占めるようになり世界一の半導体王国となった。1990年代になると急激に日本をキャッチアップしてきた韓国に追いつかれ、1998年には日本を抜いて世界一になった。このころから日本の半導体は凋落の道を歩むことになる。この凋落については別の投稿「日本半導体産業の凋落」において考察している。

ところで現在の世界の半導体産業は水平分業が進んでいる。水平分業とは、「設計」「製造」「検査」工程を複数のメーカーで分業することであり、その対極にあるのは垂直統合という形態であって、1つの半導体メーカーが「設計」「製造」「検査」全てを行うことである。日本も含めて1980年代の半導体メーカーの製造形態は、垂直統合型という形態が主流であった。しかし、その後半導体業界ではモノ作りを複数の企業で分業する体制が主流になった。なぜ水平分業が主流になったかというと、各工程における設備投資が巨大になっていったからである。

 最新プロセスの設備導入には数兆円単位の費用がかかる。それを1つの企業が自社のためだけに投資するのは、リスク高なため、巨額の費用が掛かる「製造工程」を外注する動きが進んだ。この製造工程を持たずに設計だけするメーカーをファブレスという。

 半導体製造企業がそれぞれ兆単位の投資をするのでは無く、製造の専業メーカー(ファウンドリという)のみが設備投資をすれば、設計だけするファブレス企業は巨額の投資から解放されるので、効率的な事業運営が出来る。そしてファウンドリも複数のファブレス企業から製造を委託されれば、利益を増やすことができる。

 このファウンドリの中でも台湾のTSMCは突出した企業であり、エヌビディア、クアルコムなど米国の大手をはじめ、世界の半導体メーカーのほとんどが製造を委託し、TSMCの生産力なくしては、製品を世に送り出せない状況にある。この水平分業のおかげで、米国の半導体製造生産技術、設備開発力や人材は減少してしまった。逆に2000年以降台頭したのが中国である。2020年の生産能力は米国を逆転し、2030年には世界最大の24%を占めると予想されている。中国躍進の背景には、巨額の補助金や税制上の優遇策を動員し、半導体の国産化を国策として進めたことがある。

 そこで冒頭のバイデン政権のTSMCアリゾナへの誘致の話に戻る。台湾の一企業に安全保障戦略の重要物資の鍵を握られ、かつその地理的位置が覇権をあらそう中国大陸と目と鼻の先であることのリスクは、かつてケネディ政権時にソ連がキューバに核ミサイル基地を建設しつつあった事案を想起する程、脅威である。台湾有事における供給途絶は米国経済にとって大きなリスクである。そこで米国は半導体の生産技術を米国内に戻すために、中国の軍事的脅威を自らの軍事力で抑えることを見返りに、渋るTSMCへ工場進出を半場強引に促したのである。台湾総統の訪米はそのプロセスの中の政治的駆け引きの一環と私は考えている。

 翻って日本はどうだろうか? 日本も九州熊本にTSMCの30ナノの工場誘致に成功し、北海道にも2つ目の工場を誘致する計画が発表された。熊本のTSMCにはソニーも投資をしている。ソニーの画像センサー技術は世界的に見てもトップにあるし、TMSCと何等かの共同開発でさらなる次世代の画像センサー開発に繋がる可能性もでてくる。熊本に次世代技術を目指す日本の若いスタートアップ企業が集まり、好循環を生むという希望的妄想も持っている。

 

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