ペリカン文書

 1993年作製のアメリカ映画。物語の構成はやや複雑だ。物語の前段として、実業家マティ-スが石油採掘のため自然保護地区の湿地帯の開発を推し進めていた。環境保護団体はマティースを告訴し裁判になっていた。そのマティースは現職大統領の支持者であり多額の政治献金を行っていた。

 その裁判は近く最高裁に持ち込まれる見込みであったが、そのタイミングで環境保護派と目される二人の最高裁判事が暗殺される事件が起きる。殺された判事の弟子で大学の法学部教授であるキャラハンが深く悲しむ中、キャラハンの恋人である法学部学生のダービー・ショウ(ジュリア・ロバーツ)は事件の犯人を推定した仮説を文書にし、それをキャラハンに見せる。キャラハンはそれを友人のFBI顧問に渡し、ダービーの仮説はFBI長官にまで届く。同時にホワイトハウスで共有される。その文書はいつしか保護地区の湿地帯に生息するペリカンからペリカン文書と呼ばれるようになる。ペリカン文書は最高裁判事の暗殺を実行したのが、マティースに雇われた人物であると推論し、実際に図星だったため、ペリカン文書の内容を知るキャラハン、その友人のFBI顧問が暗殺される。恋人の死をマティース派の仕業と直感したダービーは、新聞記者グランサム(デンゼル・ワシントン)に接触し、マティースの陰謀を暴いて欲しいと頼む。グランサムとダービ-は一緒にペリカン文書を裏付ける証拠を探し始める。しかし魔の手はダービーに迫ってくる。グランサムとダービ-は、二人を亡き者とすべくマティースが送り込んた刺客からなんとか逃れながら、決定的証拠に辿り着き、それを新聞社に持ち込む。マティースの陰謀は新聞記事となり、その献金を受けてきた大統領は再選の望みを絶たれる。

 とまあ、開発を推進する悪徳実業家と環境保護派の対立に端を発し、悪徳実業家に政治献金を受けていた権力と実業界の癒着を暴こうとする新聞記者(=正義、自然環境保護)の構図である。そこに美貌の法学部生が見事な推論で環境保護派判事の暗殺事件の謎解きをし、かつその裏付け証拠探索に新聞記者と共に奔走するサスペンスである。こうして書いてみるとストーリの骨子はよくあるパターンであるが、この映画のどこがおもしろかったのか?

 まず映画冒頭の湿地帯の俯瞰シーンと羽ばたくペリカンの群れの映像が、美しく観客の目に焼き付く。この冒頭の映像でこれから始まる映画が、単なるサスペンスではなく、美しい自然を守るか破壊するかを問われるようなものであることが予感され、すっかりその物語に入っていく準備ができるのである。

 アメリカ合衆国の環境保護運動については、1992年10月、アメリカ議会上院(民主党が多数派)は、大気中の温室効果ガスの濃度を地球温暖化が進行しない程度に安定化させる気候変動枠組条約(UNFCCC)を批准した。ついで1993年6月、アメリカ政府(クリントン大統領・民主党)は、多様な生物を生息環境とともに保全し、生物資源を持続可能に利用し、遺伝資源から発生する利益を公正に配分するための生物多様性条約(CBD)に署名した。

 このような時代背景のもと、冒頭の美しい湿地の映像に続いて、判事を狙う暗殺者が夜明けの水辺を一人エンジン付きゴムボートで川岸に到着し、木立の中に隠してあったピックアップトラックに乗り換え、走り出す。カメラはズームアウトし街全体が俯瞰できる映像になると、トラックはワシントンDC中心部に向かう橋を渡っている。そこがワシントンであるということは、リンカーン記念館、メモリアルタワー、そして奥に国会議事堂のドームが見えることで分かる。暗殺者がワシントンに入ったことと同時に、物語が政治の中心部に入っていくことも暗示しているのである。不気味な展開を予感するような音楽と共にテロの始まりが静かに描かれる。映画が抽象的な環境保全から具体的な殺人へと移るので、観客は息をひそめてなりゆきを見守るしかない。殺人が手際よく執行されていく。この展開がムダがなく流れるように描かれるので、観客はあくびをする暇もなく映画に没頭してゆく。このあたりの映画のつくりは巧みで監督の手腕が光るところだ。

 それと主人公の美貌の法学部生である。彼女の仕草、言葉に彼女の考え方、人間性が丹念に描かれ観客が感情移入する工夫が十分されている。みんなダービー・ショウが好きになり応援する。ダービーと一緒に走り、飛び降り、暗殺者から逃れホテルを転々とする。防戦一方かと思えば髪型や服装を変え大胆不敵に敵地に侵入し、情報探索のため変幻自在に行動する。環境問題と政財界の陰謀が、生身の人間の戦いに置き換わることで臨場感が出るのである。また、前半はダービーにとって誰が敵で誰が味方か分からない状況があり、それも緊迫感を持続させる。つまり細部にまでよく作り込まれた映画ということである。新聞記者グランサムは最初はダービーの話を信じない。そこでダービーは、説得を続け彼を味方に付ける。恋人の教授を失ったただの未熟な法学部生ではなく、戦う女に変身してゆく。その成長を見ることができるのもこの映画の魅力のひとつだ。

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