歴史

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王子と千川上水

1.武揚王子飛鳥山真景 国立印刷局お札と切手の博物館にて許可を得て撮影  この図は明治21年に制作された「武揚王子飛鳥山真景」という日本画である。作者は鉄斉菅真郷とされているが、作者の詳細は不明である。東京都北区王子、桜で有名...
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神峰公園は5億年前の地層の上にある

 日立市から常陸太田市にかけての山地で発見された「カンブリア紀地層」は、日本で最も古い約5億年前の地層であり、古生代の日本の地層の成り立ちを知るうえで極めて貴重なものである。茨城大学名誉教授の田切美智雄氏は、2008(平成20)年、日立変...
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徳川政権による江戸の建設

17世紀から19世紀における世界的大都市である江戸は、その建設の初期から大江戸を目指したのではなく、その時々の必要を満たすために建設が行われ、時代の変化に適応する形でその規模や形態を変えて拡大していった。そして拡大の期間は家康、秀忠、家光...
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習志野大久保新田の謎

1.薬師寺縁起  習志野市大久保銀座通りに面して薬師寺があり、その境内に掲げられた縁起には「慶長五年(1600年)関ヶ原の戦いに加担した河内の国の郷士、市角頼母は大坂冬の陣、夏の陣に相ついで敗れ、一族郎党を率いて関東に逃れ、現在の本...
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のぼうの城 忍城とさきたま古墳

 埼玉県行田市にある忍城跡、現在は郷土資料館となっている。北は栃木県との境となっている利根川、南は荒川に挟まれた低湿地帯にある。この2つの河川や支流によって作られた自然堤防や、伏流水が湧き出て集まった沼地に残る島や高地を利用して、忍城は築...
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家康の鷹狩と東金御成街道

 東金御成街道は千葉県船橋市本町から同県東金市田間、同県山武市小松までの約37キロメートルをほぼ一直線に結んでいる街道である。なお東金市田間から山武市小松までの部分は砂押街道と呼ばれる。徳川家康が九十九里方面での鷹狩のために土居利勝に命じ...
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習志野市大久保地区の歴史

1.戦国時代から江戸時代 豊臣家臣の武将であった市角頼母(いちずみたのも)は大坂夏の陣の敗戦により、一族郎党関東まで敗走した。その後下総の国大久保に土着し、当時荒地であった大久保を開墾し豪農となり、この地の名主となったとの伝承があ...
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ザリガニが鳴くところ -湿地帯の景色

 映画は湿地帯で起こる殺人ミステリーである。これまで、この私のブログサイトで関東がかつて大湿地帯であったことを、繰り返し取り上げてきたが、湿地帯というのは実際どんな景色の場所なのだろうか?「頼朝は大湿地帯だった武蔵国東部をどう行軍したか」...
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柴又、帝釈天そして水元公園

 葛飾区は今は東京都だが、もともとは下総国葛飾郡だった。下総国の国衙こくがは今の千葉県の市川市の国府台にあったことからもわかるように、もともとの葛飾郡は千葉県の方が本拠地であった。今でも、市川市、松戸市、船橋市、柏市などは「東葛飾」地方と...
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浦和にうなぎ屋が多い理由

埼玉でうなぎが食べられるようになったのは、江戸時代だといわれています。当時、浦和の周辺にあった川や沼地では、川魚に混じってうなぎが生息していました。江戸と京都を結ぶ中山道、日本橋から3番目の宿場町として栄え、多くの人が行き交い賑わいを見せ...
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